田中陽子は日本から韓国へ渡り、イ ジョンウンは韓国から日本へ渡ってきました。言葉が通じない場所で、評価される条件がまったく違う環境で、それでも自分の役割を見つける。この経験を両側から語れる二人が、いま同じチームにいます。
座右の銘の「問題は問題ではない」は、起きた出来事そのものではなく、それをどう受け止めるかが分かれ目だという意味です。田中陽子の「この状況は自分の実力が導いた結果だ」という姿勢と、まっすぐ重なります。
同じ1993年生まれ。憧れの選手も、しんどいときの解消法も同じ。そしてイ ジョンウンはクラブ公式のプロフィールで、「仲の良い選手」と「ライバルの選手」の両方に田中陽子の名前を挙げています。この距離感が、対談を面白くします。
サッカーを始めたのは10歳。きっかけは2002年のワールドカップと、大好きなお兄さんの影響でした。韓国中がサッカーに沸いた年です。
その後は韓国国内のクラブでキャリアを重ね、韓国代表にも選出。持ち味はヘディングでのゴールで、165cmの体格を活かして空中戦を武器にするミッドフィールダーです。
2024年12月、レノファ山口FCレディースへの加入が発表されます。田中陽子の加入発表から、わずか2週間後のことでした。慣れ親しんだ国を離れ、言葉の違う場所で一からやり直す決断です。
加入1年目の2025年、チームは10年近く届かなかったなでしこリーグ2部昇格を達成。今シーズンの目標を、彼女はこう語っています。「連続昇格として、1部昇格」。
言葉が通じない環境で、どうチームに溶け込み、どう自分の価値を示すか。日本人が海外へ出る話の、ちょうど裏返しの視点です。
プロリーグがなく企業スポーツとして運営される韓国のリーグ、育成年代からの寮生活。日本との違いを当事者として語れます。
日本から韓国へ渡った選手と、韓国から日本へ渡った選手。同い年でライバルでもある二人が並ぶと、一人では出てこない話が生まれます。
※ 実施形式・費用は田中陽子選手のメニューに準じます。通訳が必要な場合はご相談ください。